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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)177号 判決

大阪府泉大津市河原町9番1号

原告

オーツタイヤ株式会社

代表者代表取締役

上村寛一

訴訟代理人弁理士

安田敏雄

吉田昌司

喜多秀樹

東京都文京区本郷3丁目27番12号

被告

オカモト株式会社

代表者代表取締役

岡本二郎

訴訟代理人弁理士

早川政名

長南満輝男

細井貞行

主文

特許庁が、平成8年審判第5319号事件について、平成9年6月10日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「タイヤ用滑り止めネット」とする実用新案登録第2100632号考案(昭和60年1月31日に出願した実願昭60-13548号(以下「原出願」という。)から昭和61年2月27日に分割出願、平成6年8月17日出願公告、平成8年2月9日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。

原告は、平成8年4月10日、本件考案につき、その実用新案登録を無効とする旨の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第5319号事件として審理したうえ、平成9年6月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年同月26日、原告に送達された。

2  本件考案の要旨

高張力性芯材の周りに合成ゴム等を被覆して成る線条材を編組成形して滑り止めネット本体を構成し、同本体の内側端部には取付金具を介して締付ロープを取付けると共に外側端部には緊締バンドを掛止するための掛止フックを取付けてなるタイヤ用滑り止めネットにおいて、滑り止めネット本体の長手方向両端に夫々同本体の幅方向全長に亘り且つ同本体を構成する線条材の幅より幅広に形成してなる連結帯を一体に設け、各連結帯の両端部に連結帯同士を連結すると共に上記締付ロープ若しくは緊締バンドを夫々掛止する金具の通し孔を開設してなることを特徴とするタイヤ用滑り止めネット

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、

(1)  本件考案の実用新案登録が、その分割要件を欠如したものであるから、その出願日は現実の出願日である昭和61年2月27日とすべきであり、その出願日前に頒布された実願昭59-14150号(実開昭60-127207号)のマイクロフィルム(審決甲第1号証、本訴甲第1号証、以下「先願明細書1」といい、そこに記載された考案を「先願考案」という。)、特公昭58-49366号公報(審決甲第2号証、本訴甲第2号証)、実公昭59-13126号公報(審決甲第3号証、本訴甲第3号証)、米国特許第2580272号明細書及びその翻訳文(審決甲第4号証、本訴甲第4号証、以下「引用例1」という。)、米国特許第3233646号明細書及びその一部翻訳文(審決甲第5号証、本訴甲第5号証、以下「引用例2」という。)、意匠登録第637424号公報(審決甲第6号証、本訴甲第6号証、以下「引用例3」という。)に記載された考案に基づき、当業者がきわめて容易に考案をすることができたから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとする請求人(本訴原告)主張の無効理由(以下「無効理由1」という。)について、本件考案は原出願の願書に最初に添付された明細書及び図面(審決甲第8号証、本訴甲第8号証、以下、明細書及び図面を併せて「原明細書」といい、そこに記載された考案を「原考案」という。)に記載された範囲を越えるものではないので、その出願日は原出願の出願日である昭和60年1月31日とするのが相当であり、その出願日以降に頒布された先願明細書1をもって本件考案が実用新案法3条2項の規定に違反するものとすることはできないとし、

(2)  仮に、本件考案の実用新案登録が分割要件を満たすとしても、その出願日前の出願でかつ出願後に公開された先願明細書1あるいは特開昭61-54307号公報(特願昭59-177185号公報、審決甲第14号証、本訴甲第14号証)の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、明細書及び図面を併せて「先願明細書2」といい、そこに記載された発明を「先願発明」という。)に記載された考案あるいは特許と実質的に同一であるから、実用新案法3条の2第1項の規定により実用新案登録を受けることができないとする請求人主張の無効理由(以下「無効理由2」という。)について、引用例1~3及び実願昭46-97721号(実開昭48-53004号)のマイクロフィルム(審決甲第13号証、本訴甲第13号証、以下「引用例4」という。)によっては、本件考案が先願考案又は先願発明と同一であるとすることができないとし、

結局、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件登録実用新案を無効にすることはできないとしたものである。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件考案の要旨の認定、請求人(本訴原告)の無効理由1及び2の認定、引用例1~4並びに先願明細書1及び2の各記載事項の認定(審決書25頁10行~26頁3行を除く。)、本件考案と先願考案との一致点並びに相違点1及び2の認定、相違点1についての判断、本件考案と先願発明との一致点及び相違点1の認定、相違点1についての判断は、いずれも認める。

審決は、本件考案の分割出願の分割要件についての認定判断を誤り(取消事由1)、本件考案と先願考案との相違点2についての判断を誤って、先願考案と本件考案との同一性の判断を誤り(取消事由2)、本件考案と先願発明との相違点2の認定を誤るとともに、その判断を誤って、先願発明と本件考案との同一性の判断を誤り(取消事由3)、その結果、本件考案が登録を受けることができるとしたものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  分割出願の分割要件の誤認(取消事由1)

審決は、本件考案の要旨の技術的解釈を誤り、この結果、本件考案が原明細書に記載された範囲を超えるものではないとして、その分割出願が分割要件を充足する適法なものであり、本件考案の出願日が原出願の出願日に遡及すると、誤って判断したものである。

(1)  審決は、本件考案の「各連結帯の両端部に連結帯同士を連結すると共に上記締付ロープ若しくは緊締バンドを夫々掛止する金具の通し孔を開設してなる」という要件(以下「D要件」という。)で特定される構成が、「連結帯同士を連結すると共に締付ロープ若しくは緊締バンドを併せて掛止めする金具」を用いるものであると解釈し、その結果、1つの金具により連結部の連結と締付ロープ等の掛止を行うもの(以下「突き合わせタイプ」という。)は、本件考案の要件を備えているが、連結帯を連結する連結金と締付ロープ若しくは緊締バンドを掛止する掛止金具とが別体のもの(以下「重ね合わせタイプ」という。)は、本件考案の要件を満たしていない旨認定判断している(審決書12頁17行~13頁14行)。

しかし、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載における「金具」は、当該「金具」が連結帯同士の「連結機能」とロープ又はバンドへの「掛止機能」を奏することを規定しているだけであって、具体的構造はもとより、その個数についても何ら限定されていないと解すべきである。

この点について、本件考案の登録時の明細書及び図面が記載された実公平6-30485号公報(甲第15号証、以下「本件公報」という。)によれば、連結帯の両端部の連結とロープ等への掛止を1つの「連結金具b」で行う「重ね合わせタイプ」と、連結帯の両端部の連結とロープ等への掛止を1つの「連結金具b’」と2つの「掛止金具c」で行う「突き合わせタイプ」との、いずれの場合についても、本件考案の作用及び実施例として例示されている。

したがって、本件考案のD要件には「重ね合わせタイプ」と「突き合わせタイプ」との両者が含まれるから、審決の上記認定判断は、誤りである。

(2)  一方、原明細書(甲第8号証)には、「重ね合わせタイプ」の実施例のみが記載されており、「突き合わせタイプ」の実施例は記載されておらず、また、「突き合わせタイプ」が自明な事項ともいえない。

そうすると、本件考案における上記D要件が、「重ね合わせタイプ」と「突き合わせタイプ」の双方を含むものである以上、本件考案の分割出願における実用新案登録請求の範囲に記載された技術的事項は、「重ね合わせタイプ」のみを開示した原考案を実質的に変更するものであり、本件考案の分割出願は、分割要件を充足しないものである。

したがって、本件考案の出願日は、その現実の出願日である昭和61年2月27日であって、この出願日前に公開された先願明細書1(甲第1号証)は、本件考案に対する公知文献として、考案の進歩性の判断資料となるべきものである。

2  先願考案と本件考案との同一性の誤認(取消事由2)

審決は、本件考案と先願考案との相違点2である「連結帯を線条材の幅よりも幅広に形成する点」について、引用例1~4(甲第4~第6及び第13号証)が、「それぞれの形態のタイヤ滑止具において、連結部の幅がネット部の線条体の幅よりも幅広としたものが存在することを示唆しているだけであって、先願明細書1或は本件考案のようなタイヤ用滑りネットにおいて、その接続端の幅をネット線条材の幅より幅広とすることが周知慣用技術であることを示唆するものではない。」(審決書21頁7~14行)と判断しているが、誤りである。

すなわち、上記相違点2の構成が、周知慣用技術かどうかの判断は、相違点1における審決の判断(同19頁6~19行)の場合と同様に、広くタイヤ用滑り止めネットの技術分野において周知慣用かどうかを認定すれば足りるものであり、審決が、「先願明細書1或は本件考案のようなタイヤ用滑りネットにおいて」と、特定タイプの滑り止めネットの分野において周知慣用技術である旨を必要とする点は、判断の仕方を誤ったものといえる。そして、この相違点2の構成が、引用例1~4に示されていることは、審決認定のとおりである。

したがって、相違点2の構成は、周知慣用技術であって、本件考案が先願考案と相違する理由にはならないから、両考案は、実質同一と解するのが相当である。

3  先願発明と本件考案との同一性の誤認(取消事由3)

審決が、先願明細書2(甲第14号証)について、「第2図についても連結帯の幅と網部の幅との間に明確な差を設けたものと見ることはできず、先願明細書2の明細書の記載においてもその幅の違いを示唆する記載は見当たらないので、参考図2をもって、先願明細書2に『網部に比べて連結帯を幅広にした』ものが記載されているとすることはできない。」(審決書25頁17行~26頁3行)と判断したことは、誤りである。

すなわち、先願明細書2の第2図において、連結帯11Aの幅W1は、明らかに細部16の幅W2よりも幅広に形成されているから、先願明細書2には、「網部に比べて連結帯を幅広にした」ものが記載されているものと認められる。

したがって、審決が、本件考案と先願発明とは、「連結帯が線条材の幅より幅広に形成してなる点」(相違点2)において相違すると認定したこと(審決書27頁7~11行)は、誤りであり、両者は、実質同一と解するのが相当である。

また、仮に、本件考案と先願発明とが相違点2において相違するとしても、前示のとおり、相違点2の構成は、周知慣用の技術事項であるから、いずれにしても両者は、実質同一と解すべきである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

審決が、「突き合わせタイプ」の実施例について、「第5図、第7図、第9図、第10図、第12図及び第13図に記載されたものでは、連結帯を連結する連結金具(b)と締付ロープ若しくは緊締バンドを掛止する掛止金具(c)とが別体のものであり、本件明細書の考案の詳細な説明の記載に拘らず、『連結帯の連結と共に締付ロープ等の掛止を行う』という要件を満たしているものとすることはできない。」(審決書13頁7~14行)と認定したことが誤りであることは、認める。

しかし、上記「突き合わせタイプ」は、原明細書に新規な要件を付加するものではなく、本件考案の分割出願は、この「突き合わせタイプ」が実施例として追加されたことによっても、分割要件を充足するものである。

すなわち、本件考案は、例えば本件公報の第1図に示した構造のタイヤ用滑り止めネットであり、これは原明細書の第1図に開示されているところ、本件公報に開示された連結帯の両端同士の「重ね合わせタイプ」や「突き合わせタイプ」は、タイヤ用滑り止めネットをタイヤの外周に巻回装着する装着方法又は装着態様であって、いわゆる使用状態の例示にすぎない。そして、本件考案における「金具」は、各連結帯の両端部に開設した「通し孔」に嵌挿されることにより、その連結帯の両端同士を突き合わせ、又は一部を重ね合わせて連結すると共に、締付ロープ又は緊締バンドを掛止し得るものであれば足りる。このとき、当業者であれば、部材相互を連結したり掛止したりする「金具」として、S字状、Y字状、T字状、W字状、Cリング状、フック状、鉤状等その構造、形状が数多く存在する周知慣用のものから、目的に応して適宜これを選択することが可能である。

したがって、分割出願時に、審決や原告がいう「突き合わせタイプ」の実施例を追加したからといって、そこに使用される「金具」は、各連結帯の両端部に開設された「通し孔」に嵌挿されることによって、連結帯の両端同士を連結すると共に締付ロープ又は緊締バンドを掛止し得る周知の「金具」を選択採用すればよいのであって、何ら新規な要件を付加するものではない。

そうすると、本件考案における「突き合わせタイプ」の実施例は、タイヤ用滑り止めネットそのものの実施例を追加する性格のものではないから、原明細書の範囲を何ら逸脱するものではなく、分割出願が適法であるとする審決には、結論として誤りがない。

2  取消事由2について

引用例1~4は、本件考案や先願考案のようなタイヤ用滑り止めネットの技術分野において、本件考案と先願考案との相違点2の構成が、周知慣用技術であることを示唆するものではない。

したがって、この点に関する審決の認定判断(審決書21頁7~14行)に誤りはなく、本件考案と先願考案とは実質的に相違するものである。

3  取消事由3について

先願明細書2(甲第14号証)の記載によれば、先願発明には、本件考案の「連結帯」の構成、すなわち「滑り止めネット本体を構成する線条材の幅より幅広に形成してなる連結帯」が記載されているとはいえないから、この点に関する審決の認定(審決書25頁10行~26頁3行)に誤りはなく、審決における相違点2の認定(審決書27頁7~11行)にも、誤りはない。

また、本件考案と先願発明との上記相違点2の構成が、周知慣用技術といえないことも、前示のとおりである。

したがって、審決の相違点2の判断(審決書27頁16~19行)に誤りはなく、本件考案と先願発明とは実質的に相違するものである。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(分割出願の分割要件の誤認)について

審決の理由中、本件考案の要旨の認定、本件考案の「各連結帯の両端部に連結帯同士を連結すると共に上記締付ロープ若しくは緊締バンドを夫々掛止する金具の通し孔を開設してなる」構成(D要件)について、「重ね合わせタイプ」のみが含まれ、「突き合わせタイプ」は含まれないと認定したこと(審決書13頁2~14行)が誤りであることは、当事者間に争いがない。

この点について、本件公報(甲第15号証)には、本件考案の作用として「各連結帯同士がタイヤの接地面上で重合しないように各連結帯における両端部同士を重ね合わせるか又は突き合わせ、該両端部における通し孔に夫々連結金具を嵌挿せしめると、上記連結帯同士がタイヤの接地面上で突出部分を形成することなく結合されると共に、該通し孔に掛止金具を嵌挿せしめて締付ロープ若しくは緊締バンドに夫々掛止する」(同号証3欄35~41行)、効果として「連結帯の両端部の通し孔に金具を嵌挿することによって、連結帯同士の連結と共に滑り止めネット本体の締付ロープ若しくは緊締バンドをも掛止するので、・・・タイヤに対する装着状態を確実且つ強固に維持することができる。」(同4欄15~22行)、実施例として「第4図は滑り止めネットを装着した際における連結部を示す図であり、連結帯(2)(2)の両端部同士を重ね、両者の通し孔(2a)(2a)に締付ロープ(3)及びネット締付用ゴムバンド(緊締バンド)(4)に掛止する掛止金具兼用の連結金具(b)(b)を貫通させて連結している。また、連結帯(2)(2)は、第5図に示す如く、両端部同士を突き合わせ、その各通し孔(2a)(2a)に締付ロープ(3)及びネット締付用のゴムバンド(4)に掛止する掛止金具(c)(c)を夫々掛止すると共に、対向する通し孔(2a)(2a)間に連結金具(b’)を嵌挿して連結帯(2)(2)同士を連結しても良いものである。」(同5欄4~16行)と記載されている。

これらの記載及び第4、5図によれば、本件考案の上記D要件の技術的意義は、連結帯同士の連結機能と、締付ロープ又は緊締バンドの掛止機能とを、連結帯の両端部に形成した通し孔に金具を嵌挿することによって達成して、タイヤに対する滑り止めネットの装着状態を確実かつ強固に維持するものと認められる。そして、このような連結機能及び掛止機能を達成する金具であれば、その形状、構造及び使用個数は、特に限定されるものではなく、適宜に設定することが可能であり、実施例として開示された、連結帯の連結とロープ等への掛止を1つの掛止金具兼用の連結金具で行う「重ね合わせタイプ」と、連結帯の連結とロープ等への掛止をそれぞれ別個の連結金具と掛止金具で行う「突き合わせタイプ」は、いずれも本件考案の要旨に含まれるものと認められる。

したがって、審決が、「上記D要件について検討すると、ここで特定される構成は、『連結帯同士を連結すると共に締付ロープ若しくは緊締バンドを併せて掛止めする金具』を用いることをその要件のひとつとするものである。」(審決書12頁17行~13頁1行)と認定して、連結機能及び掛止機能を単一の金具をもって達成するもののみが本件考案の要件であると認定したことは、誤りというほかない。

そうすると、本件考案のD要件における「連結帯同士を連結すると共に締付ロープ若しくは緊締バンドを夫々掛止する金具」の構成について、審決が、「本件明細書及び図面において、本件考案の実施例として記載されたものについてみると、第4図、第6図及び第8図に記載のものは、いずれも1つの金具により連結部の連結と締付ロープ等の掛止を行うものであり、本件考案の要件を備えているものであるが、第5図、第7図、第9図、第10図、第12図及び第13図に記載されたものでは、連結帯を連結する連結金具(b)と締付ロープ若しくは緊締バンドを掛止する掛止金具(c)とが別体のものであり、本件明細書の考案の詳細な説明の記載に拘わらず、『連結帯の連結と共に締付ロープ等の掛止を行う』という要件を満たしているものとすることはできない。」(審決書13頁2~14行)と判断し、「突き合わせタイプ」を除外して「重ね合わせタイプ」だけが本件考案の要旨に含まれるとしたことも、被告が自認するとおり、明らかに誤りである。

被告は、上記「突き合わせタイプ」は、原明細書に新規な要件を付加するものではなく、本件考案の分割出願は、この「突き合わせタイプ」が実施例として追加されたことによっても、分割要件を充足するものであり、審決は、結論において誤りがないと主張する。

しかし、審決は、前示のとおり、「突き合わせタイプ」を除外したうえ、「上記『実施例』の追加によっても、本件考案の構成要件の一部である『連結帯同士の連結』が、原出願の出願時点で自明ではない『突合わせタイプ』を含むものとなったとすることはできない。」(審決書13頁18行~14頁2行)と判断しており、「突き合わせタイプ」が原出願の出願時点で自明でないとするものであるから、被告の主張は、採用することができない。また、仮に、被告の主張するように、「突き合わせタイプ」が原明細書に新規な要件を付加するものでないとすると、審決はこのような判断を示していないのであるから、この点について更に審理を尽くす必要があることは明らかであり、いずれにしても被告の上記主張を採用する余地はない。

以上のとおり、審決は、本件考案の分割要件の判断に当たって、その前提となる本件考案の要旨の解釈を誤ったものであり、この誤りは、審決の結論に影響を及ぼす重大な瑕疵であるから、その余の取消事由について検討するまでもなく、審決は取消しを免れない。

2  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成8年審判第5319号

審決

大阪府泉大津市河原町9番1号

請求人 オーツタイヤ 株式会社

大阪府東大阪市御厨1013 安田特許事務所

代理人弁理士 安田敏雄

東京都文京区本郷3丁目27番12号

被請求人 オカモト 株式会社

東京都文京区白山5丁目14番7号 英知特許事務所

代理人弁理士 早川政名

東京都文京区白山5丁目14番7号 英知特許事務所

代理人弁理士 長南満輝男

上記当事者間の登録第2100632号実用新案「タイヤ用滑り止めネツト」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ.手続の経緯及び本件考案の要旨

本件登録第2100632号実用新案(以下、本件考案という。)は、昭和60年1月31日に出願した実願昭60-13548号を、昭和61年2月27日に実用新案法第9条第1項において準用する特許法第44条の規定により分割して新たな実用新案登録出願としたもので、平成6年8月17日に実公平6-30485号として出願公告され、平成8年2月9日に設定登録されたものであり、本件考案の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの、

「高張力性芯材の周りに合成ゴム等を被覆して成る線条材を編組成形して滑り止めネット本体を構成し、同本体の内側端部には取付金具を介して締付ロープを取付けると共に外側端部には緊締バンドを掛止するための掛止フックを取付けてなるタイヤ用滑り止めネットにおいて、滑り止めネット本体の長手方向両端に夫々同本体の幅方向全長に亘り且つ同本体を構成する線条材の幅より幅広に形成してなる連結帯を一体に設け、各連結帯の両端部に連結帯同士を連結すると共に上記締付ロープ若しくは緊締バンドを夫々掛止する金具の通し孔を開設してなることを特徴とするタイヤ用滑り止めネット」にあるものと認める。

これに対して、請求人オーツタイヤ株式会社は、証拠方法として、

甲第1号証(実願昭59-14150号(実開昭60-127207号)のマイクロフィルム)、

甲第2号証(特公昭58-49366号公報)、

甲第3号証(実公昭59-13126号公報)、

甲第4号証(米国特許第2580272号明細書及びその翻訳文)、

甲第5号証(米国特許第3233646号明細書及びその一部翻訳文)、

甲第6号証(意匠登録第637424号公報)、

甲第7号証(本件実用新案の異議決定謄本)、

甲第8号証(本件の原出願の当初明細書及び図面)、

甲第9号証(本件実用新案登録の願書に添付された明細書及び図面)、

甲第11号証(本件実用新案登録の平成6年1月31日付け意見書)、

甲第12号証(特開昭49-112304号公報)、

甲第13号証(実願昭46-97721号(実開昭48-53004号)のマイクロフィルム)、及び甲第14号証(特開昭61-54307号公報(特願昭59-177185号の公開公報))を提出し、

本件実用新案登録は、以下の理由により実用新案法第37条第1項第1号の規定により無効とされるべきであると主張している。

(1)本件実用新案登録は、その分割要件を欠如したものであるから、その出願日は現実の出願日である昭和61年2月27日とすべきであり、その出願日前に頒布された甲第1号証~甲第6号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができないものである。(以下「無効理由1」という。)

(2)仮に、本件実用新案登録が分割要件を満たすとしても、本件実用新案登録の出願日前の出願でかつ本件出願後に出願公開された甲第1号証或は甲第14号証の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された考案或は特許と実質的に同一であるから、実用新案法第3条の2第1項の規定により実用新案登録を受けることができないものである。(以下「無効理由2」という。)

Ⅱ.請求人適格

ところで、被請求人オカモト株式会社は、本件請求人は、本件実用新案登録に対して無効審判を請求することについて、如何なる利害関係を有する者であるか疑義があるとし、請求人が本件審判請求において法律上正当な利益を受ける者であるとは認められないから、本審判請求は却下されて然るべきであると主張している。

そこで、まず本件審判請求についての請求人の利害関係の有無について検討する。

請求人の提出した甲第10号証(オーツタイヤ株式会社「マイティネットパンフレット」)によれば、請求人はその事業の一環としてタイヤ滑り止めネットの製造と販売を行っており、そのゴム製タイヤ用滑り止めネット(商品名マイティネット)は、本件考案のものと同種のものである。

したがって、本件審判請求について、請求人は利害関係を有しているとするのが相当であり、本件審判請求は、請求人不適格として却下されるべきであるとする被請求人の主張は採用することはできない。

Ⅲ.「無効理由1」について

(1)請求人の主張

本件実用新案登録の原出願の出願当初の明細書及び図面(甲第8号証)には、考案の実施態様として、連結帯2、2の両端部同士を重ね合わせてその通し孔3にひとつの連結金具7を貫通することで連結帯2、2同士を連結する「重ね合わせタイプ」のみが記載されていた。ところが、本件実用新案登録の出願当初の明細書及び図面(甲第9号証)には、連結帯2、2の両端部同士を突き合わせ、その各通し孔2a、2a間に連結金具b’を嵌装することで連結帯2、2同士を連結する「突き合わせタイプ」が追加され、かかる実施例の追加がそのまま残った状態で出願公告されている。

上記「突き合わせタイプ」の追加は、「各連結帯の両端部に連結帯同士を連結すると共に上記締付けロープ若しくは緊締バンドを掛止する金具の通し孔を開設してなる」という本件考案の構成に記載された技術的事項の裏付けをなす部分である「連結帯を連結する」ないし「…する金具」に関する実施例を追加するものであるから、本件考案を実質上拡張するものであると解すべきである。

一方、原出願の当初明細書及び図面(甲第8号証)を精査するも「突き合わせタイプ」の図面は勿論のこと、その構造を少しでも想起させる記載すら見当たらないので、当該実施例は原明細書及び図面に記載された範囲のものではなく、また、同明細書及び図面の記載から見て自明の事項であるともいえない。

よって、分割要件を具備しない本件実用新案の出願日は、その現実の出願日である昭和61年2月27日とすべきである。

そこで、本件考案と本件実用新案登録の出願日前に頒布された甲第1号証に記載された考案とを対比すると、前者の線条材が高張力性芯材の周りに合成ゴム等を被覆することにより構成されているのに対し、後者ではかかる構成を備えていない点、並びに前者では、ネット本体の長手方向両端の連結帯が同本体を構成する線条材の幅よりも幅広に形成されているのに対し、後者ではそのような構成を備えていない点で相違する。

しかしながら、甲第2号証及び甲第3号証には、「高張力性芯材の周りに合成ゴム等を被覆することによって線条材を構成する点」が明記されており、当該技術分野において本件出願前から周知慣用の技術事項である。また、「ネット本体の長手方向両端の連結帯が同本体を構成する線条材の幅よりも幅広に形成されている」点についても、第4号証、甲第5号証、甲第6号証及び甲第13号証に、ネットの長手方向両端ないし一端に設けた「連結帯」を線条材よりも幅広にしたものが記載されており、ネットの材質を問わず、当該滑り止めネットの技術分野では本件出願前から周知慣用の技術事項であると解すべきである。

これらの構造と機能とを勘案すれば、甲第1号証の滑り止めネットにおいてその連結帯を線条材よりも幅広ものにして、本件考案と同じ構成の滑り止めネットとすることは、本件出願時の当業者であればきわめて容易に想起し得たものである。

(2)被請求人の主張

本件考案は、明細書の実用新案登録請求の範囲に記載の通りの「タイヤ用滑り止めネット」そのものの構造に係る考案であり、タイヤ用滑り止めネットのタイヤ外周への装着方法に係る考案を開示しているのではない。要するに、タイヤ用滑り止めネット本体の長手方向両端に金具の通し孔を開設した幅広の連結帯を夫々設けた構成であって、そのタイヤ用滑り止めネットをタイヤ外周に巻回して装着する際の装着方法若しくは装着態様を何等規定しているものでない。

本件明細書の連結帯同士が「重ね合わせタイプ」であるか「突き合わせタイプ」であるかは、本件考案をタイヤ外周へ巻回装着する際の装着方法若しくは装着態様の例示であって、本件考案の構成それ自体の所謂ニューマターを追加するものではなく、本件考案を実質上拡張するものではない。

本件考案は、実用新案登録請求の範囲に規定されている通りの特定の構造を有するタイヤ用滑り止めネットに特徴を有するものであって、連結帯両端部の「通し孔」に嵌挿する「金具」それ自体の構造、形状については何等特定するものでない。

したがって、分割出願時に「突き合わせタイプ」の実施例を追加したからといって、そこに使用される「金具」は紛れもなく「連結帯同士を連結すると共に上記締付けロープ若しくは緊締バンドを掛止する金具」であり、これを連結帯の両端部開設された「通し孔」に嵌挿されることによって連結帯同士を連結すると共に締付バンドを掛止し得る周知の「金具」を選択採用すれば良いのであって、何等新規な要件を付加するものでもなく、本件考案を実質上拡張するものでもないので、適法な分割出願としての要件を備えたものである。

しかも、甲第4号証~甲第6号証及び甲第13号証のいずれにも、甲第1号証に記載の連結帯の幅を線条材の幅よりも幅広に形成する構成を動機付けるような記載はなく、甲第1号証~甲第6号証及び甲第13号証に記載された考案に基づいたとしても、そこから本件考案を想到することは、当業者といえどもきわめて容易になし得るとはいえない。

(3)当審の判断

適法な分割出願として、出願日の遡及を受けるためには、分割出願に係る考案が出願の分割前の原出願に包含された二以上の考案のうちの一つであることが必要であり、この要件は、分割出願に係る考案と原出願の願書に添付された明細書及び図面に記載された考案が実質的に同一の考案であることが必要である。

請求人の主張は、本件実用新案登録には、原出願の願書に添付された明細書及び図面に記載のない「突き合わせタイプ」の実施例が含まれており、本件考案の要件のひとつである「各連結帯の両端部に連結帯同士を連結すると共に上記締付ロープ若しくは緊締バンドを掛止する金具の通し孔を開設してなる」という要件(D要件)が、原出願の「重ね合わせタイプ」だけでなく「突き合わせタイプ」を含むようになったものであるから、原出願の願書に添付された明細書及び図面に記載された考案を実質上拡張するものであり、両者は実質的に同一のものでなければならないという要件を満たしていないものであるというにある。

そこで上記D要件について検討すると、ここで特定される構成は、「連結帯同士を連結すると共に締付ロープ若しくは緊締バンドを併せて掛止めする金具」を用いることをその要件のひとつとするものである。

本件明細書及び図面において、本件考案の実施例として記載されたものについてみると、第4図、第6図及び第8図に記載のものは、いずれも1つの金具により連結部の連結と締付ロープ等の掛止を行うものであり、本件考案の要件を備えているものであるが、第5図、第7図、第9図、第10図、第12図及び第13図に記載されたものでは、連結帯を連結する連結金具(b)と締付ロープ若しくは緊締バンドを掛止する掛止金具(c)とが別体のものであり、本件明細書の考案の詳細な説明の記載に拘らず、「連結帯の連結と共に締付ロープ等の掛止を行う」という要件を満たしているものとすることはできない。

そして、連結帯同士の連結については、上記第5図、第7図、第9図、第10図、第12図、第13図のものを除いて、「突合わせタイプ」とすることは示されていないのであるから、上記「実施例」の追加によっても、本件考案の構成要件の一部である「連結帯同士の連結」が、原出願の出願時点で自明ではない「突合わせタイプ」を含むものとなったとすることはできない。

したがって、本件考案は原出願の願書に最初に添付された明細書及び図面に記載された範囲を越えるものでないので、その出願日は、原出願の出願日である昭和60年1月31日とするのが相当である。そして、請求人の提示した甲第1号証は、昭和60年8月27日に公開されたものであるから、本件実用新案登録の出願日以降に頒布された甲第1号証をもって、本件考案が実用新案法第3条第2項の規定に違反するものとすることはできない。

Ⅳ.「無効事由2」について

1.甲第1号証について

(1)請求人の主張

本件考案と、本件の出願の日前の他の出願であってその出願後に出願公開された実願昭59-14150号(甲第1号証参照)に記載された考案との相違点は、

(a)高張力性芯材の周りに合成ゴム等を被覆して線条材を構成する点、

(b)ネット方向の長手方向両端に位置する連結帯を線条材の幅よりも幅広に形成する点にある。

しかるに、上記相違点(a)については、甲第2号証及び甲第3号証により、相違点(b)については、甲第4号証~甲第6号証及び甲第13号証により、当該滑り止めネットの技術分野における周知慣用の技術事項である。

また、上記相違点(a)及び(b)に基づく効果も、当該周知慣用の技術事項の採用によって当然得られる作用効果であるに過ぎない。

したがって、本件考案と甲第1号証に記載の考案とは実質同一のものであるから、本件考案は実用新案法第3条の2第1項の規定により実用新案登録を受けることができないものである。

(2)被請求人の主張

被告人の主張は、同請求人が本件考案の原審段階において異議申立をした際に主張した理由にほかならず、これについては請求人が甲第7号証として示す登録異議の決定に記載の通り、既に理由がないものとして決定されたものである。

請求人が新たに提出した甲第13号証には、「連結帯をネット本体の線条材よりも幅広にする」ことは何も記載されていないし、甲第13号証考案の目的・効果の記載からみてもそのような構成を必要とするものでもないので、この甲第13号証をもって、「連結帯をネット本体の線条材よりも幅広にする」という技術的事項が、当該滑り止めネットの技術分野において本件出願前から周知慣用であったとはいえない。

従って、このような請求人の主張に理由がないことは明白である。

(3)先願明細書

請求人の引用した本件の出願の日前に出願された他の出願であって、その出願後に出願公開された実願昭59-14150号(甲第1号証参照)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書1」という。)には、第1図~第4図とともに、次の事項が記載されている。

(a)線条材からなるネット1と、ネット1の長手方向端部に設けた接続端の両側に固定バンド2、2’を設け、ネット1の左右両端には連結して突設した係止条片9を備えてなり、

(b)連結金具3は、上側掛鈎4、5と下側掛鈎6を有し、上側掛鈎は固定バンド2、2’の孔に引掛けられ、下側掛鈎6は、タイヤの内側に位置するものではロープ7、タイヤの外側に位置するものではは弾性紐8に引掛けられ、ネット接続端の両側の固定バンドを接続するものであり、

(c)タイヤの内側に位置する係止条片9には金属環10でロープ7が固定され、外側に位置する係止条片9には弾性紐8を係止する引掛け鈎11が取付けられる

(d)自動車用タイヤ滑り止めネット

(4)対比及び当審の判断

本件考案と上記先願明細書1に記載された考案とを対比すると、先願明細書1のものにおける「ロープ」「弾性紐」「ネット接続端」「連結金具」「金属環」「引掛け鈎」は、ぞれぞれ本件考案の「締付ロープ」「緊締バンド」「連結帯」「金具」「取付け金具」「掛止フック」に相当することから、両者は、「線条材を編組成形して滑り止めネット本体を構成し、同本体の内側端部には取付金具を介して締付ロープを取付けると共に外側端部には緊締バンドを掛止するための掛止フックを取付けてなるタイヤ用滑り止めネットにおいて、滑り止めネット本体の長手方向両端に夫々同本体の幅方向全長に亘り且つ同本体を構成する連結帯を一体に設け、各連結帯の両端部に連結帯同士を連結すると共に上記締付ロープ若しくは緊締バンドを夫々掛止する金具の通し孔を開設してなることを特徴とするタイヤ用滑り止めネット」である点で一致し、本件考案の線条材が「高張力性芯材の周りに合成ゴム等を被覆して成る」ものであるのに対し、先願明細書1のものでは線条材の構造が明示されていない点(相違点1)、及び本件考案の連結帯が「線条材の幅より幅広に形成してなる」のに対し、先願明細書1のものでは、このような構成を備えていない点(相違点2)において両者は相達する。

そこで、各相違点について検討する。

甲第2号証及び甲第3号証には、自動車タイヤ用の滑止具においてネット部を紐条芯材に合成ゴムを被覆せしめて成形することが示されており、甲第13号証には、タイヤチェーンの網条帯体を合成樹脂等の屈曲性を有する芯材にゴム等の可撓性材を被覆して構成することが示されているように、タイヤの網条滑止具において、ネット部を紐状芯材とこれを被覆する合成ゴム等により構成することは当該技術分野において従来周知の技術であり、これを本件考案の他の構成と組み合わせたことによる格別の作用効果も認められないので、上記相違点1は、従来周知の技術の単なる付加に相当し、この点に考案をしたものとすることはできない。

次に相違点2について検討する。

請求人が、上記相違点2が従来周知慣用の技術であるとして提示している甲第4号証~第6号証及び甲第13号証には次の事項が記載されている。

甲第4号証:

挟み金20により車輪に固定する滑止め具であって、ゴム等よりなる踏み面11の留め装置19を備えた終端部材14が設けられ、終端部材14は踏み面11の交叉部材13よりも幅広となっている。

甲第5号証:

シュー24は網状組織26の両端に設けたブラケット28同士をロック部材36によって互いに連結することでタイヤに装着する滑り止具で、ブラケット28は、網状組織26の金属網26よりも幅広となっている。

甲第6号証:

ネット長手方向の一方にのみ連結部が設けられたタイヤ防滑チェーンであって、その連結部はチェーン線条材よりも幅広となっている。

甲第13号証:

合成樹脂等の屈曲性を有する芯材2にゴム等の可撓性材3を被覆した線条素体4を編組した網状帯体5を形成し、連結具11、12を設けたタイヤチェーン本体1の始端部9と終端部10が、タイヤチェーン本体1の線条素体4よりも幅広となっている。

すなわち、上記甲各号証には、それぞれの形態のタイヤ滑止具において、連結部の幅がネット部の線条体の幅よりも幅広としたものが存在することを示唆しているだけであって、先願明細書1或は本件考案のようなタイヤ用滑りネットにおいて、その接続端の幅をネット線条材の幅より幅広とすることが周知慣用技術であることを示唆するものではない。

したがって、上記甲各号証によっては、上記相違点2が当該技術分野における周知慣用技術であるとすることはできないので、本件考案を先願明細書1に記載された考案であるとする請求人の主張は採用することができない。

2.甲第14号証について

(1)請求人の主張

本件考案と、本件の出願前の他の特許出願であって、その出願後に出願公開された甲第14号証に記載された発明とを対比すると、本件考案では「線条材が高張力性芯材の周りに合成ゴム等を被覆する」ことによって構成されているのに対し、甲第14号証のものでは内部に高張力性芯材を埋設する構成を備えていない点で相違する。

しかるに、「高張力性芯材の周りに合成ゴム等を被覆して成る線状材を編組成形して」なる構成については、甲第2号証、甲第3号証からみて周知の技術であり、本件作用効果を参照しても、この構成により、他の構成との有機的な関連によって奏すると認めるべき格別顕著な作用効果は見当たらない。

したがって、上記相違点は、課題解決のための具体化手段における微差に過ぎないので、両考案は実質同一であると解すべきであり、本件実用新案登録は実用新案法第3条の2の規定に違反してされてものである。

(2)被請求人の主張

甲第14号証の第2図を見るも、その連結体11A、11Aの幅が網部16の幅よりも明らかに幅広であるといえる程度に記載されているとは認められない。また、甲第14号証の明細書中にも連結帯11A、11Aの幅を網部16の幅よりも幅広とすることの記載はない。

したがって、甲第14号証は、本件考案における「連結帯」の構成、すなわち、「滑り止めネット本体の長手方向両端に夫々同本体の幅方向全長に亘り且つ同本体を構成する線条材の幅より幅広に形成してなる連結帯」の構成を備えるものといえない。

また、甲第14号証には、本件考案の「高張力性芯材の周りに合成ゴム等を被覆して成る線状材を編組成形して滑り止めネット本体を構成」することについての記載もない。

よって、本件実用新案登録は実用新案法第3条の2の規定に違反するものではない。

(3)先願明細書

請求人の引用した本件の出願前に出願された他の特許出願であって、その出願後に出願公開された特願昭59-177165号(甲第14号証参照)の願書に添付した明細書又は図面(以下先願明細書2という。)には、以下の事項が記載されている。

(a)タイヤ12の外周任意角度の円弧面に沿って装着可能にポリウレタン等の合成樹脂で網条かに形成した可撓性タイヤ滑止片11からなる。

(b)タイヤ滑止片11の裏側短絡片15は、そのボス部17と網部16に形成されたボス部18とを各ボス部17、18に形成された孔19に鋲を通してかしめることによって表側辺20に対して短く形成される。

(c)タイヤ滑止片11の両端には端部(連結帯)が設けられ、滑止片11の各コーナーに形成された孔21にリング22をとおした状態で帯状に連結してタイヤ滑止帯23を形成し、タイヤ滑止帯23をその両端孔21にC字状リング24とおした状態で係脱可能に連結して無端状タイヤ滑止帯23とされる。

(d)タイヤ滑止帯23の表側辺20の各網目毎にC字状リング26を嵌めるとともに、各リング26を連通して強力な弾性の輪ゴム状締付け具27を掛ける。網目の交差部に形成した孔28にリング26を通して掛けることもできる。

なお、請求人は、参考図2を用い、甲第14号証の出願当初の図面によれば、「連結帯11A、11A」は、その幅W1がタイヤ滑止片11を構成する如何なる網部16の幅W2よりも幅広に形成されている。」としているが、先願明細書2の第1図、第4図、第5図では、必ずしも連結帯11Aが網部16よりも幅広に記載されておらず、第2図についても連結帯の幅と網部の幅との間に明確な差を設けたものと見ることはできず、先願明細書2の明細書の記載においてもその幅の違いを示唆する記載は見当たらないので、参考図2をもって、先願明細書2に「網部に比べて連結帯を幅広にした」ものが記載されているとすることはできない。

(4)対比及び当審の判断

そこで、本件考案と上記先願明細書2に記載された発明とを対比すると、先願明細書2のものの「網部」「タイヤ滑止片」「鋲」「輪ゴム状締付具」「裏側短絡片」「リング」は、ぞれぞれ本件考案の「線条材」「ネット本体」「取付け金具」「緊締バンド」「締付ロープ」「掛止フック」に相当することから、両者は、「線条材を編組成形して滑り止めネット本体を構成し、同本体の内側端部には取付金具を介して締付ロープを取付けると共に外側端部には緊締バンドを掛止するための掛止フックを取付けてなるタイヤ用滑り止めネットにおいて、滑り止めネット本体の長手方向両端に夫々同本体の幅方向全長に亘り且つ同本体を構成する連結帯を一体に設け、各連結帯の両端部に連結帯同士を連結すると共に上記締付ロープ若しくは緊締バンドを夫々掛止する金具の通し孔を開設してなることを特徴とするタイヤ用滑り止めネット」である点で一致し、

本件考案の線条材が、「高張力性芯材の周りに合成ゴム等を被覆して成る」ものであるのに対し、先願明細書2のものは合成樹脂で成形したものである点(相違点1)、及び本件考案の連結帯が「線条材の幅より幅広に形成してなる」のに対し、先願明細書2のもののネット接続端は、明確に線条材の幅よりも幅広に形成されていない点(相違点2)で相違する。

上記相違点1及び2は、いずれも、既に請求人が提示した甲第1号証との対比において検討したものであり、上記相違点1については、この技術分野において周知慣用の技術であり、この点に考案をしたものとすることはできず、上記相違点2については、請求人の引用する甲第4号証~甲第6号証及び甲第13号証によっては、周知慣用技術であるとすることはできない。

したがって、本件考案は先願明細書2に記載された発明とすることができないので、この点においても請求人の主張を採用することはできない。

Ⅴ.まとめ

以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件考案の実用新案登録を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年6月10日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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